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哲学的な数学 ―"2"とは何か―

 

 

 みなさん、初めまして。京都大学理学部で数学を専攻しています、廣江と申します。よろしくお願いします。

 今回は「”2”とは何か」というテーマでお話させていただきます。”2”と言うと、あの”2”ですね。”1+1=2”の”2”です。おそらく「”2”とは何か」なんて、考えたこともない方がほとんどではないでしょうか。この記事では、私たちがふだん何気なく用いている”2”という概念の正体について考察することで、ものごとを突き詰めて考える楽しさをご紹介したいと思います。題材は数学ですが、今回使う数式はすべて”1+1=2”をほんの少し書き換えただけのものです。簡単な例も交えながらお話しますので、あまり構えず、気楽にお付き合いください。
 なお、説明のわかりやすさを優先したため、以下の議論には、数学的に厳密とは言えない部分が多々あります。ご承知おきください。

 

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 さっそくですがみなさん、”2”とはなんでしょうか。野蛮な質問ですね。たぶん、カラオケか何かの最中にこんなことを訊かれたら、「”2”とは何かって、”2”は”2”に決まってるだろう!」と答えてくれるだけでもだいぶ親切だとは思います。ですがここではみなさんにちょっと考えていただくとして、おそらく何か2つあるものを、例えば「りんごが2つある」といった状況を想像される方が多いのではないでしょうか。小学校の算数では、はじめに「1から10までの数」を習います。そして「1から10までの数」を学ぶにあたって、りんごやみかん、鉛筆やあめを数えたのでした。私たちは、”2”を”2つ”を表す数として知ったわけですね。言葉遊びのように思われるでしょうが、もう少し考えを進めてみましょう。

 

◆”2”の成り立ち
 “2つ”とはなんでしょうか。数の数え方をどうやって学んだか思い出してみてください。りんごがいくつかあります。あなたはその数を数えたい。まず、一番左にあるりんごを指差して「1つ」と言います。次に、その右隣にあるりんごを指します。ここで、あなたは「1つ」の次が「2つ」であることを思い出します。「2つ」と言ってさらに隣へ移り、「2つ」の次だから「3つ」、その次は「4つ」……。そうです。わたしたちは、”2つ”を”1つ”に続く言葉として知ったのでした。つまり、”2”とは”1”の次の数であるわけです。
 ここで重要なのは、”2”という数がもともとあって、それがたまたま”1”の次になったのではなく、”2”は「”1”の次の数」として決められていた、ということです。このように、ある概念の成り立ちをはっきりさせて、その概念に名前をつけることを「定義」といいます。新しく作り出すイメージで捉えてください。ここでは「”1”の次の数」という概念を作り、”2”という名前をつけたのですね。いっぽう、すでに定義された、もともとあった概念に対して、なんらかの法則や性質が成り立つときは、その法則や性質を「定理」といいます。円周角の性質や三平方の定理などがこれにあたります。公式も定理の一つで、数式で表される定理のことを言います。

 

◆”2”の正体
 話を戻すと、”2”は「”1”の次の数」として作り出されたのでした。これが”2”の成り立ち、定義です。はじめの問いには答えが出たわけですが、まだあまりおもしろくないので、最後にもう一段階、深く考えてみましょう。「次の数」とはなんでしょうか。「『自然数の』次の数」で構いません。自然数とは、正の整数1,2,3,...のことを言うのでした(0を含む流儀もありますが、ここではおいておきます)。その自然数ひとつひとつの「次の数」です。勘のいい方はお気づきかもしれませんね。「(自然数の)次の数」とは、「その数に1を足した数」です。「次の数」の定義は「1を足した数」なのです。では、この「次の数」の定義にしたがうと、”2”の定義はどのように書けるでしょうか。”2”は「”1”の次の数」ですから、そう、

 2=1+1

です。やっと数式が出てきましたね。数学やプログラミングの分野では「左側に書かれたものを右側に書かれたもので定義する」という意味で、”:=“という記号を使うことがあります。これを使うと、”2”の定義は次のように書けます。

 2:=1+1

極めて意味深い式です。どうでしょうか。おそらくみなさんは、今まで「1+1=2」という式を、取るに足らない式であると思われていたことでしょう。しかしここでは、記号こそわずかに違ってはいるものの、「1に1を足した数が2である」ことを表す式が、重大な意味を持つ式として立ち現われているのです。みなさんは次のようなセリフを耳にしたことがないでしょうか。「1足す1は2じゃない! 俺たち二人の力を合わせれば1足す1が10にでも100にでもなるんだ!」というような。ここまで”2”について学んできたみなさんなら、わかりますね。1足す1は、いついかなる場合においても2です。なぜなら、”2”は”1に1を足した数”として決められているのですから。2が1足す1でないような場合など(”2”というものが存在する限り)いっさいの例外なく存在しないのです。こういう場合は「人と人との協力は足し算では測れない!」と言うべきです。

 

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◆定義を知ること、追い求めること
 さて、とうとう”2”の正体に迫ることができました。実のところ、この議論を続けると「”1”とは何か」「”+”とは何か」という問題に突き当たるのですが、この問題に踏み込むと記事の文字数が今の3~4倍には膨れあがりますので、ここではおいておきましょう。みなさんは、”1”や”+”、”=“などを前提として、”2”を定義することに成功したのです。*1 きちんとした定義を採用することの利点として、他人と共通の前提に立って議論をできることが挙げられます。「1+1はなぜ2なのか?」という古典的な問いにも、この定義を前提とすれば簡単に答えることができます。「そもそも2の定義が1+1であるから」ですね。
 実は、数学で用いられる用語はすべてこのように明確に定義され、その基礎となっています。だからこそ「数学は世界共通言語である」などと言われるのです。例えば”2”を定義したのと同じ要領で、”3”や”4”も定義できますね。”1+1=2”に類する数式しか使わないとはじめにお約束してしまったので、答えをここに書くことはできませんが、みなさんで考えてみてください。

 多くの場合、数学で定義される用語は私たちの直感にしたがう形で定義されています。歴史的に、”2”は物を数える必要から発明された概念であると考えられます。数学においては、その原始的な”2”の成り立ちから”2”の最も特徴的な性質を取り出し、それにもとづいて”2”を定義しているのです。数学ではほかにも「円」「順序関係」「限りなく大きくなる」などの概念を厳密に定義しています。いずれもその概念の本質を切り出したような、美しい定義です。私たちは、様々な言葉の定義を知ることで、先人が考えに考え抜き到達した、概念の本質や真髄に触れることができます。これこそが、数学の醍醐味の一つであるのです。「大学に入ると化学は物理に、物理は数学に、数学は哲学になる」という言葉がありますが、数学が哲学になると言われるゆえんがここにあります。

 

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◆おわりに
 今回は”2”について成り立つ性質を分析することで、”2”の定義が何であるかを考えました。大学の数学の講義は、はじめに用語の定義をはっきりとさせて、それからその定義をもとに議論を進めるという形をとります。ときとしてその定義や議論が非常に抽象的であるため、難解なものとして避けられがちな数学ではありますが、その裏には哲学的な、もっと言えばとても人間的なプロセスが隠れているわけです。「無限に存在するとはどういうことか」「大きいとはどういうことか」「0と1とはどう違うのか、同じであってはいけないのか」といった問いに、先人たちはすでに答えを出しています。抽象的、しかしだからこそ普遍的な問いです。何かよくわからないことをやっているように見えた数学という学問に、親しみの気持ちが湧いてはきませんか。
 みなさんもぜひ、身近な言葉の意味や定義を確認してみてください。すべて自分で考えずとも、辞書を引くというのでも構いません(少し自分で考えてから調べると、知る楽しみが増すとは思います)。定義を追求するプロセスは数学固有のものと言うよりも、むしろ哲学そのもので、あらゆる学問に共通するものですから、その経験はきっと、みなさんの将来の役に立ちます。

 

 以上で今回の記事は終わりです。ここまでお付き合いくださった方、お疲れさまでした。おそらく肩がこったことと思います。次回は趣向を変えて、大学祭のレポート記事を公開しますので、お楽しみに。
 それでは、ありがとうございました。

 

*1:この記事では”2”の定義として“2:=1+1”を採用しましたが、”2”を定義する方法はこれだけではありません。しかし、ほかの定義を採用した場合でも、その他の性質を定理として得られることが知られています。